YozakuraのBlog

ブログ改変したので折角だし、SNSではできない”ブログ(メディア)の重要性”を6つの理由で説いてみる

ブログは工数かかるんで最近やってなかったが、やっぱりまた始めようと思いブログ改変した。フェイスブックではなくなるべく知見はこちらに落としていこうと思っている。

やっぱりSNSだと届かない所、資産形成の重要性とか語ろうかと。

なぜSNSでなくブログが重要なのか

背景としては私め、クラウドソーシングという業界の中の人として働いている。

古今のメディアのデジタル化において、非常にメディア運営とクラウドソーシングの親和性が高い。その為、ここ4〜5年でメディアの案件だけでも総計で百数十のクライアントと関わったと思う。

単に数記事作成から、上流設計、方針策定、KWD策定、一式やった。自分のものは全くもって更新をしなかったが、人様のサイトをひたすら設計・更新し続けその推移を見てきた訳である。

その中で色々な事例を見て、知見を得ることができた。

1:収益性

結論、最大の理由はこれだろう。自社の顧客自体の獲得、アフィリエイトにての収益、自社ECに送客など、マネタイズ手段は事欠かない。

実際に目の前で莫大なマネタイズをした事例は以下のようなものだ。

・大資本をメディアに投じ顧客ファン化、送客成功。莫大なアクセスやマネタイズを得る
・小規模事業者で運営の手腕があり、定常的に月数億アフィリで儲ける
・一人でやっている人で年間2億を稼ぐ

なおその中いろんな理由でコケているメディアもあった。

・KWDに対しての適当な記事のみでロイヤリティーなし。GoogleからBAN。
・収益設計方法が旧式。まとめ記事からのアフィリオンリーとか。結果費用対効果回収できず。
・大規模資本投下で収益は得るも社会的にNGな感じで話題に。サイトは閉鎖。
・小規模法人で収益化を可能にしたが、運営が人間的にカスで組織化できず加速ができない
・個人では不労所得的に稼げる手腕があるが、担当属人化。言語化が全くできなくて悩む

失敗する理由も、色々見れてよかったな、と思う。

オウンドメディアブーム創世記からずっと推移を見ているが、ちゃんと「設計・運営」できればメディアの力は未だ偉大なのである。

2:否フロー、ストック資産

別にSNSでもいいじゃん、という声も聞こえてくる。”バズ”れば爆発的なアクセスを得るツール。ショッピングカート機能も搭載されるなど進化も著しい。

致命的な部分は”時の流れ”とともに忘れるのだ。

この辺はデータを見るのが早い。下の表はオウンドメディア成功例で有名な株式外LIGのメディアのPV変異である。

LIGのアクセス推移

ここはバズらせることが得意なメディアで有名なイメージがあるか、対外的にそう見せているだけである。

実収益部分は結論、7割以上は堅実な定常的な検索エンジンからのアクセス(青)にある。
メディアの流入割合
(双方LIGのSlide shareより)

これは他の企業も結果は同上、SNS運用がうまくいったとしてもだ。

まるで株式や不動産投資のような福利が聞いてくる。つまりは1+1のような形でなくて、指数関数的な収益グラフとなる。例えば、つい先日まで放置してた別ドメインの高田個人のブログも月に微々たる入金が定常的に数年間あったりする。

何がやりたいかにより適した方法は違う。フローで一時的にバズらせアクセスを得るべき内容か、それともストックとして末永く資産とするべきを見極めることが大事になる。そしてストックとしてやりたいなら中・長期的な計画・実施・観測が必要だ。

こういう知識は大事よ。

3:アウトプットすることによる、会得段階の向上

例えば本を読んだとする。知識獲得の投資は何倍にも自分に返ってくるもの素晴らしいものであると思う。

だだし人は先ほどの通り”忘れる生き物”だと言うことを忘れてはいけない。合わせて画一的情報は”その気を出せば誰でも取得できる世の中”になってきていると言うことも忘れるべからず。

学習の5段階の概念と言うものがある。
学習の5段階
引用:NLP

・無意識的無能=知らないことを知らない(無知の状態)
・意識的無能=意識してもできない(無知の知の状態)
・意識的有能=意識すればできるようになる(既知の知の状態)
・無意識的有能=無意識にできるようになる
・無意識的・意識的有能=無意識にできるし、人にかみ砕いて説明できる段階

つまり、読んで知っただけでは知識は意味を為さない「無知の知」の状態。真に理解はできず陳腐化していく。

まずは実践出来るかが第一の分かれ目である。

その後ブログでも、講師でもなんでもいいのでアウトプットすることにより「無意識的・意識的有能」の段階に持っていける。初めて「完全インストール」できる訳である。

更にアウトプットを繰り返す中で思考が整理され、更なるその応用の発見がある。それを元に実践すること、またその実践結果や知見を人に伝えることが大事なのだ。(欲を言えばそれを集約したものがあると良い)

4:アウトプット無くしてインプットなし

上記を実施することによって、自身の知見はまた別の人の助けになる。公表することでたまざまな交流の場となり、様々な意見をSNSでいただくこととなる。

私自身の間違い指摘や頭ごなしの意見も中にはあるが

「ディスられてこそ正解。ディスられないことは100%無い」

ととあるインフルエンサーは言っていた。

新価値観や、的確な意見にて知見は広がっていき、結果新しい考えが生まれるのである。アウトプットするからこそ現状把握ができ、良質な更なるインプットがある。その逆はありえない。

失敗したって笑われたっていいのだ。怖がって口をつぐんではいけない。成長しようと思ったら、どこかでアウトプットが必要になる。

5:単純に楽しい

ブログって楽しい。単純に楽しいって言うこの部分があるだけで、続ける意義はあると思う。

自分の興味の向くこと、好きなことでそれなりのアクセスは稼げるので承認欲求満たされる感がある。

6:人と為りを知ってもらえる

とある人から聞いた話。定期的に過去ブログを更新していたそうだ。内容は当時部長で仕事での知見や思ったことを綴っていたそうだ。その部長がとある交流会に行って名刺交換した瞬間「あのブログの方ですか」ってなり、話は弾んだ。

結果、執行役員としてその会社に引っこ抜かれたそうだ。今は独立して社長をしており、その発信の手腕で多くのメディアに寄稿や本などを出版し自身の会社の認知に役立てている。

予め自分自身を知ってもらってから話を始めるアドバンテージは大きい。

過去の経験則から思うこと

少し話は変わる。

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まだFacebookもないMixi全盛期、過去私はブログをやっていた。当時、22~23歳くらいでIT系に働き始めた。
ちょうど外部リンク施策にGoogleがアップデートで大ナタを振るい、Word pressが注目され始めた頃だったろうか。その際SEOやASP、広告収益について知った。

よって隙間時間で試しにブログを始めたのだ。内容としては……

君子危うきに近寄らず

という諺と自分は真逆。

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バカ危ないところへ行く

という感じでひたすら更新していた。

若い時はバカしたいじゃん。

そのブログの方針は一言で言えば気が狂っていたのであるが最高に楽しかった。

・有志ナンパチーム「シコシコジャパン」(後述)の活動一部始終
・格闘技の試合告知や、日常練習ブログ

ここには書けない「神に中指を刺される内容」がいくつかあったのだけど法的に問題ないギリギリの部分を書いた。

ちなみに会社的にアウトなので、港区本社の人事に呼び出され怒られた。ブログは閉鎖した。

まあ無二の内容だったので、周りの反応がとても楽しかった。結果楽しみながら最終的には月100,000PVくらいはアクセスは稼ぐことができた。

だからまたやろうかなって。

なお自分の周りには、面白いブログ書く人が多数いた。

例えば

仲の良い人を徹底的にネタにして笑いを取るブログ
ナンパチーム”シコシコジャパン”代表監督 兼キックボクシングライト級チャンピョンの日記

とか。

ドピュドピュッとかを公の場で連呼してるどう考えてもイカれてる先輩のブログも、海に行くと「ブログ見てますよ」「更新楽しみにしてます」と声を掛けられる存在なのであった。

プロ格闘家は皆それなりにインフルエンサー、100万PVはいかないまでも10万PV~30万PVの範疇くらいの人が他にも大勢いた。現在企業が実施しても数万PVしか結果が出ないメディアも多い中、皆無茶苦茶な内容で易々とそのアクセスを超える。(うまくしたら皆、定常的に収益化はできているはずなのが残念)

今まで言われたこと

そして、実施しても理解はされないことが多いのが実情である。

お前暇やなあ、そんなことやるなら練習こいや

某ジムの代表から言われた言葉だ。この意見を浴びるのは必然、覚悟は必要だ。仕事でも同じことを思う人間は一定数いる。

しかしやってみると分かる。暇だからやるのではなく、時間を取ってやらなければ到底コンテンツ量産はできない。ゴーストライティングさせる場合も初期フローを構築させるコストはそれなりにかかり、投下時間は暫くは0にはならない。

過去かなり時間を削ってブログを書いた。このブログも時間を取らないと更新は止まる。

恥ずかしくないん?

周りからどう見られるかを気にする立場からの指摘はこれが多い。
組織の中では気を使う必要はあるが、結論「個のブログ」では気にする必要はない、というか気にした時点で終わり。

当たり障りのない内容のブログなど意味がない。どこかの誰かが同じことを書いてくれるだろう。

みな”話づらいこと”は公にしないが、そこにこそ価値がある。「恥ずかしいな…」と思うことを更新するからこそ、皆の奥底に秘めた共感を得れる。

自分だけの資産はなんなのか

さて、表題の通りの部分を考える必要がある。

例えば自分の場合

“会社員”やりながら”自分の事”で稼いでいて、さらに”格闘家”としての収益も発生してしまっている。それぞれに関わる人が一見関係なくとも密接に関わる。「Connecting the dots」のようにいきなり点が線としてつながることがある。突然運が舞い込むものなのである。違う世界のdotsがなければそれは発生しえない。

様々な知見、体験が得れたりすることが無二の資産だと思っている。それを更新しようと思っている。(よって「Triple Works」と改名)後、事業主にとって会社は自分そのものだから、そこに資産を貯めときたい。

皆の場合は?

まあ私のことは置いといて、皆さまそれぞれ”自分目線”での知見が無いだろうか? きっと何かしらあるはず。

無ければ単に”思うこと”でも良い。その声を発信し続けると、いつの間にか資産になるものなのである。

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